新卒で旅行会社の制作部に就職。朝から晩まで働かされてボロボロ。難病も発症して人生真っ暗になった。

新卒で旅行会社の制作部に就職。朝から晩まで働かされてボロボロ。難病も発症して人生真っ暗になった。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
22歳〜27歳(ずっと大変でした)

【当時の職業】
制作部でチラシやパンフレットを制作していた

【当時の住まい】
実家の一軒家で両親と同居。
父、母、兄の4人暮らしでした。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
大学の新卒向けの求人に掲載されていて、当時大学で学んでいたことを活かせそうだと思い応募したところ、とんとん拍子で採用していただけたので旅行会社に就職しました。

【環境と仕事内容】
具体的な仕事内容
旅行のチラシやパンフレットの制作が主でしたが、営業の資料や電話応対などもしていました。
設備
Mac、ソフトはAdobeのイラストレーターやフォトショップを使用していました。
何を扱うのか
海外ツアー、国内ツアー、日帰りバスツアー、グルーズ旅行ツアーなど、旅行に関するありとあらゆるものを取り扱っていました。
職員の人数と役職
400名ぐらいいたと思います。
自分のポジション
平社員でした
お客さんの様子
制作部に所属していたため、顧客と直接関わったことはありません。
夜勤か日勤か
日勤でした
休日
月に8日?10日
給与
25万?30万

ありませんでした。

【大変だった時期】
新卒から退職する27歳までずっと大変でした。




【大変だったこと】
労働時間が長すぎるのが一番大変でした。
特に繁忙期は朝9?夜中の1時まで休む間もなくパソコンに向かって制作していたので、腰や目の疲労がひどく、湿布や目薬が手放せませんでした。
また、チラシの校正をする営業の方がクセが強い方ばかりでデザインの方向性が定まらず、せっかく「この方向で作りましょう」と決まっても、次の日にはやっぱり取りやめにされ振り出しに戻る…ということも多々ありました。
時間に余裕のある閑散期でしたらにこやかに応対することもできたと思いますが、繁忙期でもそういったことをされたので精神的ストレスが大きく、その影響で難病まで発症してしまい、今振り返れば旅行会社は身体的・精神的に休める暇のない業界だったと思います。

【大変だった期間】
新卒から退職する27歳までずっとそんな状態でした。




【当時の心境】
毎日辞めたいと思いながらも当時は氷河期だったので辞めることもできず、朝は行きたくないと泣きながら、夜は今日もしんどかったと泣きながら通院していました。
唯一楽しかったと言えば、お昼の休憩時間の一時間ぐらいだったと思います。
仮眠を毎回とっていたのですが、そのときだけ体や心を休めることができました。

【職場が大変だった原因】
制作物に対して最終決定する営業に原因があると考えています。
明確なイメージがあればブレることもなくスムーズにチラシやパンフレットが制作できたはずです。
ですが、営業の方にはそれがなかった。
とても残念です。




【仕事で良かったこと】
制作したお花見ツアーのチラシがすぐに定員いっぱいになり、営業の女性からとても褒めていただけたことです。
いつもより力を入れて制作したこともあり、また営業の女性から今まで褒められたことがほとんどなかったのでとても嬉しかった記憶があります。




【特にひどかった最悪の出来事】
一つは、旅行ツアーの旅行代金の桁を一つ多くしてしまったことです。
幸いDMに封入する前に気づき事なきを得ましたが、すでに印刷してしまった後だったので、刷り直しなどのタイムロスで酷い目に遭いました。
二つ目は、東日本大震災の影響で制作していた広告物がすべて駄目になってしまったことです。
天災なので仕方のないことだと思いましたが、3ヶ月先まで作り終えていたため、疲労感がすごかったです。
三つ目は、印刷所で送ったデータに不備があったことです。
システム障害が原因でしたが、原因が判明するまで3時間以上かかり、結果的に会社に寝泊まりするハメになってしまったので、精神的ストレスが大きかったです。
四つ目は、DMを入れ直す作業をさせられたことです。
営業のミスでDMに封入していたチラシを入れ替えることになったのですが、その量が多く、会社総出で入れ替え作業をさせられました。
制作の仕事も立て込んでいたのに営業の尻拭いをさせられてとても辛かったです。




【相談した人・助けてくれた人】
誰にも相談することはできませんでした。
社内の空気が愚痴をこぼさせることを許さず、少しでも不満を言うと上司などから叱責されるのを度々目撃していたので、不満はこぼしませんでした。
ただ、制作部内は「制作はみんな大変だから助け合おう」という暗黙の空気があり、誰が言わずとも大変そうだったときは助け合う精神はありました。

【改善のための行動】
改善のために声を上げる方はぽつぽついましたが、上司や上層部に握りつぶされるので、声は上げても最後まで戦う人はいませんでした。
なので、改善とは言い方は違うかもしれませんが、皆忙しいふりをして仕事量を減らすという「改善」をすることで自らを守っていました。




【現在の状況と心境の変化】
5年ほど経ち、当時の異常は本当に異常な職場だったと改めて痛感しています。
現在は旅行業界から足を洗い、登録販売者として第二の人生を歩んでいますが、残業はないしストレスもないし休みもキチンと消化できるので、とても満足しています。
私生活にも余裕ができ、ゆっくりと趣味も楽しめるようになりました。
もう旅行業界に戻ることは二度とないと思います。

【学んだこと】
嫌だと思ったらすぐ逃げてもいい、身体を壊しても会社は責任を取ってくれない、やりがい摂取してくる業界には足を踏み入れないことを学びました。



【当時の自分へのアドバイス】
パートでもいい、すぐに辞めて身体的精神的ストレスのない場所で働いた方がいいことを伝えたいです。
会社のせいで難病を発症してしまったこと、会社は責任を取ってくれないこと、いずれ健常者のように満足に働けなくなる体になってしまうこと、親が他界するのでこの仕事を辞めてもっと親孝行してあげたほうがいいことも伝えたいです。